唐杉 庸平 Youhei Karasugi

on the retina24-1

素材:インク、布
Ink, Cloth

「on the retina」(網膜上)というタイトルはマルセル・デュシャン(※1)が近代以降の絵画作品に対して否定的な意味合いで用いた「網膜的絵画」という言葉から着想を得ています。

「クールベ以来、絵画は網膜に向けられたものだと信じられてきました。誰もがそこで間違っていたのです。網膜のスリルなんて!以前は、絵画はもっと別の機能を持っていました。それは宗教的でも、哲学的でも、道徳的でもありえたのです」(「デュシャンは語る」(※2)より抜粋)

我々が絵画を観るとき、すなわち鑑賞するという行為はある意味「見る」ことそのものを最大化した行為であるが故に、描かれた図像や筆跡の背後にある意味や背景を「読み取る」ことよりも絵画を鑑賞することにより視覚的な快楽を得ることが出来ると判断した脳は思考を停止し、表面的な魅力にのみ注目してしまうということは往々にしてあります。またそういった視覚的な快楽を求めて制作された作品というのもデュシャン以降の現代美術と呼ばれる分野においてもごく当たり前に存在します。(それどころかデュシャンが創り出した「ロトレリーフ」というオブジェは完全に網膜的なものであり、錯視等による視覚効果を用いた後のオプ・アートというジャンルの元祖とも言われていますが、デュシャン曰く眼の楽しみのためのものでしかないという理由で芸術作品として制作したわけではないようです)

「on the retina」の画面上には意味のあるものは何も描かれていません、かろうじて平面そのものを強調するための六角形が全面に描かれているのみです。色彩に関してもシアン、マゼンタ、イエローといった色材の三原色と黒、支持体の布に由来する白のみで構成されており、インクを水で濡らすことによる滲みの出方も偶然に委ねるしかないため制作において恣意が入り込む余地はありません。

今作は徹底的に無内容な画面を目指すことにより絵画そのものを網膜のメタファーとして提示し、デュシャンへのオマージュとなるように純粋な「網膜的絵画」を作り出すことを目的とした試みです。

(※1)20世紀以降の芸術において最も影響力のある人物の一人、現代美術の父とも呼ばれます。1913年に既製品の車輪と椅子を組み合わせた最初の「レディメイド」作品を制作しました。代表作には「泉」や「大ガラス」等があります。
(※2)マルセル・デュシャン,ピエール・カバンヌ(著)岩佐鉄男・小林康夫(共訳)1999「デュシャンは語る」ちくま学芸文庫)