岩崎 由香 Yuka Iwasaki

擬死再生

Thanatosis palingenesis

素材:コンクリートパネル、壁紙、本、張り子紙、和紙、釘
Concrete panel, Wallpaper, Book, Papier-mache paper, Washi, Nail

本棚における精神的作⽤とは何か、それは埋葬の儀式と同様に精神を鎮めるものでしょう。本棚を問い直す概念的装置の制作を試みました。

予てより、なぜ電⼦書籍が普及しているにもかかわらず、紙媒体での本を欲しがってしまうのだろうと疑問に思っていました。紙媒体の書籍の売り上げは確かに低下しています。しかし、⼀定⽔準で売れ続けている紙の本があります。⼩説です。⼩説は喜び、悲しみ、怒り、と感情的刺激をもたらしてくれるものです。紙も同様であり、触覚を伴い読者に親密や愛情をもたらします。紙媒体での⼩説は感情的刺激と親和した触覚により、私たちに集中と没⼊を与えるものなのです。

感情的刺激を受けた⼩説を本棚にしまうとき、⾃分の中で何が起きているのでしょうか。主⼈公に憑依した⾃⼰を現実世界に引き戻し、本を背景としているのでしょう。⼩説によって引き起こされた感情は気配となっていくのでしょう。この⾏為は埋葬の儀式にも通ずるものだと考えます。お葬式という儀式は死後の世界を想像する知能を持った⼈間のみが⾏う精神的⾏為です。フランスでは⼟葬が⼀般的です。理由はキリストが⼗字架にかけられて埋められたあとに復活したように、⾃らも復活を遂げ、永遠の⽣を受けるためです。そのために死体を消滅させてはならないのです。⼈類はさまざまなお葬式の形がある中で、各々が納得できる形式で故⼈への思いを整理してきました。故⼈と⾃⼰を整理するためにお葬式をし、いつしか忘れ気配としていくのです。

しかし、本は故⼈とは違い、たとえ気配となってしまっても再び内部で再会し、主⼈公の⼈⽣を歩むことができるのです。タイムカプセルのような機能を持ち、再び本と内部はつながることができるのです。

この本と⾃⼰、本棚の関係と類似する精神的儀式が、伝統的な婚姻儀礼である神前式です。花嫁は⽩無垢に⾝を包み、⽣まれた家で⼀度死にます。そして嫁ぎ先で⽣まれ変わるのです。⽣まれ変わったことを意味するお⾊直しをすることで花嫁は現世に引き戻されます。これは擬死再⽣の儀式と呼ばれます。汚れを浄化し、現世から離すために花嫁を⽩で包むのです。すなわち、⽩で包むことは擬死を意味します。そして、⽩を脱した時、再び現世に引き戻されるのです。

花嫁が⽩で包まれ擬死するように、本が⼀時的に本棚に置かれることは擬死状態であると

考えます。そして、⾃⾝の感情が乗った⼩説との別れを担う本棚は、埋葬のように精神を鎮める役割を持つものであり、⾃⼰を⼩説から現実世界に引き戻すための装置であると考えます。

内部から本棚の機能を⾒たとき、本は壁に埋葬され、再び引き戻されているのです。まるで埋葬の儀式のように、憑依した⾃⼰を現世に引き戻す儀式を⾏なっているもの、それが本棚なのです。

参考⽂献

THE SANKEI NEWS 「紙の本はなくならない」ページをめくる動作にカギ 2019/9/17
なぜ紙の本は消えないのか? ―書籍の媒体選好における影響要因の検討― 權純鎬 早稲⽥商学第459号 2020/9
公益社 埋葬研究所 世界の埋葬 掲載年不明
婚姻儀礼における擬死再⽣のモチーフ ―徳島那賀郡⽊頭村の事例より ⼩野寺綾 年⽉⽇不明
婚姻と家族の⺠族的構造 ⼋⽊透1990/10/20 脱稿
⽇本の通過儀礼と着物⽂化 11国際・⽂化学部B班 ⽥中幸雄・奥泉洋⼦・中村周司他 年⽉⽇不明
第4回 公開対談「本願寺茶房」「真宗の礼儀を語る真宗と死者」対談 亭主 天岸淨圓師 客⼈ 蒲池勢⾄師 年⽉⽇不明